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2009年11月27日

私をスキーに連れてって

私は、大学一年からスキーを始めて、大学時代は、車山でスキーのインストラクターをやっていました。

私が富士通に入社した年に、『私をスキーに連れてって』という映画が公開され、空前のスキーブームが到来し、バブル期と重なった事もあり、その当時の若い女の子の大半が憧れていた冬の過ごし方は、お金持ちの彼氏と一緒に、クリスマスに苗場プリンスに泊まってユーミンのクリスマスコンサートに連れて行ってもらうか、バレンタインデーに同じ苗場プリンスで開催される稲垣潤一のコンサートに連れて行ってもらうかのどちらかでした。

富士通時代は、シーズンになると同僚達と毎週末スキー場に出掛けていました。

私の同世代の40代の方々の中には、その当時の事を思い出して懐かしく思える方も沢山いらっしゃるのではないかと思います。

当時、スキー大好き人間だった私にとって、この「私をスキーに連れてって」という映画と、「ユーミン」と「稲垣潤一」というのがその頃の最も心に残るキーワードです。

富士通を卒業してSunに転職し、30代を過ぎて、ほとんどスキーにも行かなくなった頃、たまたま、プライベートで稲垣潤一さん本人とお知り合いになり、何と20代の頃の憧れだった、苗場プリンスのバレンタインデーコンサートに招待して頂きました。
この時は、本当に感無量でした。

先日、その時の感動と同じような出来事がありました。

弊社のパートナーになって頂いた、ライトスタッフ社の早見社長というデザイン業界で巨匠と言われる方と東京で食事に行き、早見社長が今まで手掛けられた仕事のお話などを伺いました。

その中で、何と、その社長が私の憧れだった「私をスキーに連れてって」という映画を仕掛けた張本人だったという事が判明しました。

この「私をスキーに連れてって」という映画のストーリーの中心となるのが、「SALLOT」(サロット)という名のスキー用品のブランド(映画内だけの架空のブランド)で、商社マンである主人公の三上博史が同じ商社の中の他部門が扱っている、この「SALLOT」(サロット)というスキーブランドにほれ込んで、別の部門にも関わらす、このブランドの発表会を成功させる手伝いを行っていく中で、原田知世との恋愛話が進行するというのが大まかなストーリーです。

この、「SALLOT」(サロット)という架空のブランドのデザインを手掛けたのが、実は早見社長率いるライトスタッフ社だったのです。

早見社長曰く、実は、この「SALLOT」(サロット)というブランドを本当に商品化する計画だったそうです。

その話をお聞きして、「今からでも遅くないので、是非「SALLOT」(サロット)を商品化して下さい」とお願いしました。

多分、私同様に「SALLOT」(サロット)が商品化されたら是非1セットだけでも手に入れたいと思う40代の方々が沢山いらっしゃると思います。

  


Posted by 中村政史 at 15:19Comments(0)