2007年01月24日

資格

昨日、ベンチャー企業の社長2名とその内の1人の社長の社員の方と4人で食事をしました。
社員を連れてきた社長は、「中村さんと話す事でその社員の刺激になると思って連れてきた」と言ってました。
その社員の方は、年齢38歳独身で、優秀な大学を卒業し、大手の銀行に勤め、現在は、ベンチャー企業で働きながら司法試験を目指しています。
その社員の方のお話を聞くと、銀行時代に体育会系の上司の下で、毎日ノルマノルマで大変な日々を過ごし、銀行で出世する人生に希望をなくして、会社を辞め、3年間位、仕事をせずに、司法試験の勉強に打ち込んでみたものの、合格出来ずに、生活費を稼ぐ為に、アルバイト的に現在の会社に来たそうです。
社員の方からは、前に居た銀行が如何にひどい所だったか延々悪口を聞かされました。
その社員の方からは、冒頭「何で中村さんは、九州大学の教授になれたのですか?」としつこく聞かれました。
当の私は、「何となく」とか「誘われたから」とか答えていましたが、どうも納得の行かない様子でした。
更に私が「九州大学に来て、大学というものがどんなところかよく分かったので、そろそろ辞めて他の事でも始めようかと思っている」などと話たところ、全く理解出来ないようでした。
逆にもう一人の会社の社長から、「○○さんは何で司法試験に合格したいの?」と聞いたところ、その答えは「人の役に立つ仕事がしたい」との事でした。
その社長が更に、「人の役に立ちたいのだったら、別に弁護士にならなくてもNGOかNPOに入った方が、すぐに人に役立つ仕事ができるんじゃないの?」と言ったところ、その社員の方は沈黙してしまいました。
色々と彼の話を聞いていて、「何で私が九州大学の教授になれたのか」をしつこく聞いていた理由が分かりました。
要するに彼は、「資格を持てば、楽してお金が稼げる」と思っているタイプです。
だから、大手銀行という看板だったり、弁護士や大学教授という肩書きに執拗に拘っている訳です。
彼は特殊な人ではなく、多分、多くの人が彼と同様な気持を持っているのではないでしょうか?
私が思っているのは、「看板や肩書きなど全くあてにならない」という事です。
資格や看板などなくても、その人自身に実力があれば、いくらでもメシが食えると思っています。
どんなに学歴が低くても、今どんなに無名で小さな会社で働いていても、今いる環境の中で精一杯頑張っていれば必ず実力がつきます。
実力があれば、平社員だった人がいきなり部長や役員で他の会社から誘われる事も沢山あります。
  


Posted by 中村政史 at 15:17Comments(3)